《羅生門》 中日對譯

ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。

某日傍晚,有一家將,在

羅生門

下避雨。

広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剝(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。羅生門が、

朱雀大路

(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉烏帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。

寬廣的門下,除他以外,沒有別人,只在朱漆斑駁的大圓柱上,蹲著一隻蟋蟀。羅生門正當朱雀大路,本該有不少戴女笠和烏軟帽的男女行人,到這兒來避雨,可是現在卻只有他一個。

何故かと雲うと、この二三年、京都には、地震とか辻風(つじかぜ)とか火事とか饑饉とか雲う災(わざわい)がつづいて起った。そこで洛中(らくちゅう)のさびれ方は一通りではない。舊記によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹(に)がついたり、金銀の箔(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪(たきぎ)の料(しろ)に売っていたと雲う事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が棲(す)む。盜人(ぬすびと)が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って來て、棄てて行くと雲う習慣さえ出來た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

這是為什麼呢,因為這數年來,接連遭了地震、颱風、大火、飢謹等幾次災難,京城已格外荒涼了。照那時留下來的記載,還有把佛像、供具打碎,將帶有朱漆和飛金的木頭堆在路邊當柴賣的。京城裡的情況如此,像修理羅生門那樣的事,當然也無人來管了。在這種荒涼景象中,便有狐狸和強盜來乘機作窩。甚至最後變成了一種習慣,把無主的屍體,扔到門裡來了。所以一到夕陽西下,氣象陰森,誰也不上這裡來了。

その代りまた鴉(からす)がどこからか、たくさん集って來た。晝間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾(しび)のまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが

胡麻

(ごま)をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄(ついば)みに來るのである。――もっとも今日は、刻限(こくげん)が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞(ふん)が、點々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の襖(あお)の尻を據えて、右の頬に出來た、大きな面皰(にきび)を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。

倒是不知從哪裡,飛來了許多烏鴉。白晝,這些烏鴉成群地在高高的門樓頂空飛翔啼叫,特別到夕陽通紅時,黑魆魆的好似在天空撒了黑芝麻,看得分外清楚。當然,它們是到門樓上來啄死人肉的--今天因為時間已晚,一隻也見不到,但在倒塌了磚石縫裡長著

長草

的臺階上,還可以看到點點白色的

鳥糞

。這家將穿著洗舊了的寶藍襖,一屁股坐在共有七級的最高一層的臺階上,手護著右頰上一個大腫瘡,茫然地等雨停下來。

作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと雲う當てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、當時京都の町は一通りならず衰微(すいび)していた。今この下人が、

永年

、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな餘波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と雲うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と雲う方が、適當である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人のSentimentalismeに影響した。申(さる)の刻(こく)下(さが)りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差當り明日(あす)の暮しをどうにかしようとして――雲わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

說是這家將在避雨,可是雨停之後,他也想不出要上哪裡去。照說應當回主人家去,可是主人在四五天前已把他辭退了。上邊提到,當時京城市面正是一片蕭條,現在這家將被多年老主人辭退出來,也不外是這蕭條的一個小小的餘波。所以家將的避雨,說正確一點,便是“被雨淋溼的家將,正在無路可走”。而且今天的天氣也影響了這位平安朝家將的憂鬱的心情。從

申末

下起的雨,到酉時還沒停下來。家將一邊不斷地在想明天的日子怎樣過--也就是從無辦法中求辦法,一邊耳朵裡似聽非聽的聽著朱雀大路上的雨聲。

雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと雲う音をあつめて來る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍(いらか)の先に、重たくうす暗い雲を支えている。

而包圍著羅生門從遠處颯颯地打過來,黃昏漸漸壓到頭頂,抬頭望望門樓頂上斜出的飛簷上正挑起一朵沉重的暗雲。

《羅生門》 中日對譯

どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑(いとま)はない。選んでいれば、築土(ついじ)の下か、道ばたの土の上で、饑死(うえじに)をするばかりである。そうして、この門の上へ持って來て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊(ていかい)した揚句(あげく)に、やっとこの局所へ逢著(ほうちゃく)した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、當然、その後に來る可き「盜人(ぬすびと)になるよりほかに仕方がない」と雲う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

要從無辦法中找辦法,便只好不擇手段。要擇手段便只有餓死在街頭的垃圾堆裡,然後像狗一樣,被人拖到這門上扔掉。倘若不擇手段哩--家將反覆想了多次,最後便跑到這兒來了。可是這“倘若”,想來想去結果還是一個“倘若”。原來家將既決定不擇手段,又加上了一個“倘若”,對於以後要去幹的“走當強盜的路”,當然是提不起積極肯定的勇氣了。

下人は、大きな嚔(くさめ)をして、それから、大儀(たいぎ)そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶(ひおけ)が欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗(にぬり)の柱にとまっていた蟋蟀(きりぎりす)も、もうどこかへ行ってしまった。

家將打了一個大噴嚏,又大模大樣地站起來,夜間的京城已冷得需要烤火了,風同夜暗毫不客氣地吹進門柱間。蹲在朱漆圓柱上的蟋蟀已經不見了。

下人は、頸(くび)をちぢめながら、山吹(やまぶき)の汗袗(かざみ)に重ねた、紺の襖(あお)の肩を高くして門のまわりを見まわした。雨風の患(うれえ)のない、人目にかかる懼(おそれ)のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。

家將縮著脖子,聳起裡面襯黃小衫的寶藍襖子的肩頭,向門內四處張望,如有一個地方,既可以避風雨,又可以不給人看到能安安靜靜睡覺,就想在這兒過夜了。

すると、幸い門の上の樓へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子(はしご)が眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた聖柄(ひじりづか)の太刀(たち)が鞘走(さやばし)らないように気をつけながら、藁草履(わらぞうり)をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。

這時候,他發現了通門樓的寬大的、也漆朱漆的樓梯。樓上即使有人,也不過是些死人。他便留意著腰間的刀,別讓脫出鞘來,舉起穿草鞋的腳,跨上樓梯最下面的一級。

それから、何分かの後である。羅生門の樓の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、貓のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子(ようす)を窺っていた。樓の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い鬚の中に、赤く膿(うみ)を持った面皰(にきび)のある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括(くく)っていた。それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黃いろい光が、隅々に蜘蛛(くも)の巣をかけた天井裡に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。

過了一會,在羅生門門樓寬廣的樓梯中段,便有一個人,像貓兒似的縮著身體,憋著呼吸在窺探上面的光景。樓上漏下火光,隱約照見這人的右臉,短鬍子中長著一個紅腫化膿的面疤。當初,他估量這上頭只有死人,可是上了幾級樓梯,看見還有人點著火。這火光又這兒那兒地在移動,模糊的黃色的火光,在屋頂掛滿蛛網的天花板下搖晃。他心裡明白,在這兒點著火的,決不是一個尋常的人。

下人は、守宮(やもり)のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして體を出來るだけ、平(たいら)にしながら、頸を出來るだけ、前へ出して、恐る恐る、樓の內を覗(のぞ)いて見た。

家將壁虎似的忍著腳聲,好不容易才爬到這險陡的樓梯上最高的一級,儘量伏倒身體,伸長脖子,小心翼翼地向樓房望去。

見ると、樓の內には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸(しがい)が、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狹いので、數は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、著物を著た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと雲う事実さえ疑われるほど、土を捏(こ)ねて造った人形のように、口を開(あ)いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖(おし)の如く黙っていた。

果然,正如傳聞所說,樓裡胡亂扔著幾具屍體。火光照到的地方挺小,看不出到底有多少具。能見到的,有光腚的,也有穿著衣服的,當然,有男也有女。這些屍體全不像曾經活過的人,而像泥塑的,張著嘴,攤開骼臂,橫七豎八躺在樓板上。只有肩膀胸口略高的部分,照在朦朧的火光裡;低的部分,黑漆漆地看不分明,只是啞巴似的沉默著。

下人(げにん)は、それらの死骸の腐爛(ふらん)した臭気に思わず、鼻を掩(おお)った。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

一股腐爛的屍臭,家將連忙掩住鼻子,可是一剎間,他忘記掩鼻子了,有一種強烈的感情,奪去了他的嗅覺。

下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中に蹲(うずくま)っている人間を見た。檜皮色(ひわだいろ)の著物を著た、背の低い、痩(や)せた、白髪頭(しらがあたま)の、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片(きぎれ)を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。

這時家將發現屍首堆裡蹲著一個人,是穿棕色衣服、又矮又瘦像只猴子似的老婆子。這老婆子右手擎著一片點燃的

松明

,正在窺探一具屍體的臉,那屍體頭髮秀長,量情是一個女人。

下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時(ざんじ)は呼吸(いき)をするのさえ忘れていた。舊記の記者の語を借りれば、「頭身(とうしん)の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の蝨(しらみ)をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。

家將帶著六分恐怖四分好奇的心理,一陣激動,連呼吸也忘了。照舊記的作者的說法,就是“毛骨悚然”了。老婆子把松明插在樓板上,兩手在那屍體的腦袋上,跟

母猴

替小猴捉蝨子一般,一根一根地拔著頭髮,頭髮似乎也隨手拔下來了。

その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて來た。――いや、この老婆に対すると雲っては、語弊(ごへい)があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して來たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死(うえじに)をするか盜人(ぬすびと)になるかと雲う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片(きぎれ)のように、勢いよく燃え上り出していたのである。

看著頭髮一根根拔下來,家將的恐怖也一點點消失了,同時對這老婆子的怒氣,卻一點點升上來了--不,對這老婆子,也許有語病,應該說是對一切罪惡引起的反感,愈來愈強烈了。此時如有人向這家將重提剛才他在門下想的是餓死還是當強盜的那個問題,大概他將毫不猶豫地選擇餓死。他的惡惡之心,正如老婆子插在樓板上的松明,烘烘地冒出火來。

下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと雲う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、下人は、さっきまで自分が、盜人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

他當然還不明白老婆子為什麼要拔死人頭髮,不能公平判斷這是好事還是壞事,不過他覺得在

雨夜羅生門

上拔死人頭髮,單單這一點,已是不可饒恕的罪惡。當然他已忘記剛才自己還打算當強盜呢。

そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。そうして聖柄(ひじりづか)の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは雲うまでもない。

於是,家將兩腿一蹬,一個箭步跳上了樓板,一手抓住刀柄,大步走到老婆子跟前。

老婆は、一目下人を見ると、まるで弩(いしゆみ)にでも弾(はじ)かれたように、飛び上った。

不消說,老婆子大吃一驚,並像彈弓似的跳了起來。

「おのれ、どこへ行く。」

“吠,哪裡走!”

下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞(ふさ)いで、こう罵(ののし)った。老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへじ倒した。

丁度

、鶏(にわとり)の腳のような、骨と皮ばかりの腕である。

家將擋住了在屍體中跌跌撞撞地跑著、慌忙逃走的老婆子,大聲吆喝。老婆子還想把他推開,趕快逃跑,家將不讓她逃,一把拉了回來,倆人便在屍堆裡扭結起來。勝敗當然早已註定,家將終於揪住老婆子的骼臂,把她按倒在地。那骼臂瘦嶙嶙地皮包骨頭,同雞腳骨一樣。

「何をしていた。雲え。雲わぬと、これだぞよ。」

“你在幹麼,老實說,不說就宰了你!”

《羅生門》 中日對譯

下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘(さや)を払って、白い鋼(はがね)の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球(めだま)がの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗(しゅうね)く黙っている。これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると雲う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後(あと)に殘ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し聲を柔らげてこう雲った。

家將摔開老婆子,拔刀出鞘,舉起來晃了一晃。可是老婆子不做聲,兩手發著抖,氣喘吁吁地聳動著雙肩,睜圓大眼,眼珠子幾乎從眼眶裡蹦出來,像啞巴似的頑固地沉默著。家將意識到老婆子的死活已全操在自己手上,剛才火似的怒氣,便漸漸冷卻了,只想搞明白究竟是怎麼一回事,便低頭看著老婆子放緩了口氣說:

「己(おれ)は検非違使(けびいし)の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄(なわ)をかけて、どうしようと雲うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」

“我不是巡捕廳的差人,是經過這門下的行路人,不會拿繩子捆你的。只消告訴我,你為什麼在這個時候在門樓上,到底幹什麼?”

すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏(のどぼとけ)の動いているのが見える。その時、その喉から、鴉(からす)の啼くような聲が、喘(あえ)ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって來た。

於是,老婆子眼睛睜得更大,用眼眶紅爛的肉食鳥一般矍鑠的眼光盯住家將的臉,然後把發皺的同鼻子擠在一起的嘴,像吃食似的動著,牽動了細脖子的喉尖,從喉頭髮出烏鴉似的嗓音,一邊喘氣,一邊傳到家將的耳朵裡。

「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘(かずら)にしようと思うたのじゃ。」

“拔了這頭髮,拔了這頭髮,是做假髮的。”

下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑(ぶべつ)と一しょに、心の中へはいって來た。すると、その気色(けしき)が、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、蟇(ひき)のつぶやくような聲で、口ごもりながら、こんな事を雲った。

一聽老婆子的回答,竟是意外的平凡,一陣失望,剛才那怒氣又同冷酷的輕蔑一起兜上了心頭。老婆子看出他的神氣,一手還捏著一把剛拔下的死人頭髮,又像

蛤螟

似的動著嘴巴,作了這樣的說明。

「成程な、死人(しびと)の髪の毛を抜くと雲う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸(しすん)ばかりずつに切って幹したのを、幹魚(ほしうお)だと雲うて、太刀帯(たてわき)の陣へ売りに往(い)んだわ。疫病(えやみ)にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る幹魚は、味がよいと雲うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料(さいりよう)に買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

“拔死人頭髮,是不對,不過這兒這些死人,活著時也都是幹這類營生的。這位我拔了她頭髮的女人,活著時就是把蛇肉切成一段段,曬乾了當

乾魚

到兵營去賣的。要不是害瘟病死了,這會還在賣呢。她賣的乾魚味道很鮮,兵營的人買去做菜還缺少不得呢。她幹那營生也不壞,要不幹就得餓死,反正是沒有法幹嘛。你當我幹這壞事,我不幹就得餓死,也是沒有法子呀!我跟她一樣都沒法子,大概她也會原諒我的。”

老婆は、大體こんな意味の事を雲った。

老婆子大致講了這些話。

下人は、太刀を鞘(さや)におさめて、その太刀の柄(つか)を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰(にきび)を気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて來た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、饑死をするか盜人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから雲えば、饑死などと雲う事は、ほとんど、考える事さえ出來ないほど、意識の外に追い出されていた。

家將把刀插進鞘裡,左手按著刀柄,冷淡地聽著,右手又去摸摸臉上的腫瘡,聽著聽著,他的勇氣就鼓起來了。這是他剛在門下所缺乏的勇氣,而且同剛上樓來逮老婆子的是另外的一種勇氣。他不但不再為著餓死還是當強盜的問題煩惱,現在他已把餓死的念頭完全逐到意識之外去了。

「きっと、そうか。」

“確實是這樣嗎?”

老婆の話が完(おわ)ると、下人は嘲(あざけ)るような聲で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰(にきび)から離して、老婆の襟上(えりがみ)をつかみながら、噛みつくようにこう雲った。

老婆子的話剛說完,他譏笑地說了一聲,便下定了決心,立刻跨前一步,右手離開腫皰,抓住老婆子的大襟,狠狠地說:

「では、己(おれ)が引剝(ひはぎ)をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする體なのだ。」

“那麼,我剝你的衣服,你也不要怪我,我不這樣,我也得餓死嘛。”

下人は、すばやく、老婆の著物を剝ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を數えるばかりである。下人は、剝ぎとった檜皮色(ひわだいろ)の著物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。

家將一下子把老婆子剝光,把纏住他大腿的老婆子一腳踢到屍體上,只跨了五大步便到了樓梯口,腋下夾著剝下的棕色衣服,一溜煙走下樓梯,消失在夜暗中了。

しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の體を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような聲を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪(しらが)を倒(さかさま)にして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々(こくとうとう)たる夜があるばかりである。

沒多一會兒,死去似的老婆子從屍堆裡爬起光赤的身子,嘴裡哼哼哈哈地、藉著還在燃燒的松明的光,爬到樓梯口,然後披散著短短的白髮,向門下張望。外邊是一片沉沉的黑夜。

下人の行方(ゆくえ)は、誰も知らない。

誰也不知這家將到哪裡去了。

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